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Jeju, Island of World Peace 컨텐츠
Titles [Jeju, Island of World Peace] (No.2 | December 2018)_ 済州4・3事件と女性
Writer JPI  (admin)
2018-12-20 오후 3:16:56

済州4・3事件と女性


 

 

 

ユ・ジンイ(済州特別自治道議会議員)

 

今年の3月19日、済州地方法院では国防警備法違法などの疑いで、4・3事件の当時受刑生活を過ごさなければならなかった、ある叔母への証人尋問が行われていた。その日、もうすぐ90歳になる請求人である叔母のキム某氏の陳述が裁判廷を泣かせるのに十分であった。19歳の娘盛りの青春の時期に、警察に逮捕され、ひどい拷問を受けたあげく、本土の刑務所に引っ張られて行った後、刑務所生活をしなければならなかった、ハン(恨)の多い人生の桎梏が、70年ぶりに再審請求に伴う裁判の進行過程であらわになっていた。しかし、その現場で叔母のキム某氏が証言した内容のうちの一つである「警察」の話は、どのマスコミからも報道されていなかった。
その証言の大略は以下のとおりである。彼女に乱暴を働こうとした警察(幹部であったのかは不明)の要求を拒否したところ、その結果は残酷そのものであった。留置場に引っ張られて行って、ひどい拷問のあげく、本土の刑務所に移送されたのである。法廷の判事や検事、弁護士らは、当時の正式的な裁判の有無にだけ関心があるようであった。解放以来、済州という空間からもたらされた「4・3」という未曽有の事件を経験しながら、果たして女性はどのような存在であったかを振り返って見ざるを得ない。

 

マイノリティー(Minority)としての女性
マイノリティーというと、様々な理由があるのであろうが、主流集団の構成員から差別される集団といえよう。その集団は即ち、「数が少ない人」を意味するのではなく、権力を持った主流集団を指すマジョリティー(Majority)に反対される概念である。4・3当時、済州島民の人数が多かったが、警察や軍人がマイノリティーになるわけではない。そうすると、マイノリティーは誰であろうか。分類の基準は多様で重なるところがあるが、人種や宗教、民族、出身地域、性別、年齢、政治的傾向(理念)などによって区分される。これに止まらず、居住地が本土であるか島であるか、標準語を使うか、方言を使うかによって現れたりもする。従って、4・3の当時、マイノリティーは済州という島に住んでいた全ての人を指すことができる。その中で、特に女性が代表的である。

 

女性被害の事例
2003年に発刊された「済州4・3事件真相調査報告書」によると、▲男女別犠牲者の計14、028人のうち、男性の場合11、043人(78.7%)が犠牲になった反面、女性の犠牲者も2、985人(21.3%)に達し、人権の蹂躙が端を発したことが分かる。
2003年に発刊された「済州4・3事件真相調査報告書」によると、▲男女別犠牲者の計14、028人のうち、男性の場合11、043人(78.7%)が犠牲になった反面、女性の犠牲者も2、985人(21.3%)に達し、人権の蹂躙が端を発したことが分かる。​

 

・妊産婦を裸にする:夫が逃避したことを理由に、警察がその妻である妊産婦をまる裸にして、エノキにぶら下げて、大きな刀と鉄槍で殺した事件(済州4・3事件真相調査報告書)
・男女を呼び出してセックスを強要:倉庫の中にはいろいろな村の人々が閉じこまれていたが、情け容赦なく殴ると同時に、とうてい見かねる場面が繰り広げられました。男女を呼び出して殴りながらセックスを強要し、女性の陰部を火に当てたりしました。夜は、その臭い匂いのため、眠れないほどでした。私は、彼らがまともな人間だとは思いません。(ホン・ギョント証言―済州4・3事件真相調査報告書)

・武装隊の家族であるため:イ・ドック(武装隊総責)氏の息子である5歳のジヌ、2歳の娘も亡くなった。住民らは、当時息子のジヌが泣きながら助けてほしいと言ったら、警察官が「父のいる山のほうに逃げろ」と言って、山のほうに走っていく様子を見て、後ろから銃を打って倒したと伝えた。(ハンギョレ新聞90.4.6)

・息子を戸籍に入れず:女性のヤン某氏が望んだことはほかではない。自分自身は実家の戸籍に残ったまま、お嫁に行っていない状態になっていても構わないが、息子をはじめ、孫たちが元の位置に戻ってほしいということである。戸籍に載せることができれば何よりであると思っているのが今の心境である。この事情のため、家の敷地や畑の所有権が主張できない立場から、今はたくさん貯まっていた財産も、赤の他人に渡されてしまった状態である。(済州特別自治道議会4・3白書)

・女性の服が脱がれたまま:ソウボン(犀牛峰)の西北壁の険しい傾斜面に沿って、モンジュギアルのほうに行ってみると、海辺に鳥の口の形をした大きな岩がある。その形から「センイポンオジ」と呼ばれるところである。ここでもソンフル出身の女性が裸になった惨めな姿で亡くなっていた。(4・3遺跡地―済州市編)

 

上記のような事例は4・3を貫通するうち、数多く行われてきた。戦争中でも厳しく禁止される集団虐殺が頻繁に行われ、裁判無しに本土の刑務所に移送され、今でも生死不明の状態である。そのため、4・3当時済州島民全員がマイノリティーに含まれると言っても過言ではないのであろう。
4・3を経験した済州島民は、今まで耐えなく真相究明と名誉回復を求めてきた。70周年を迎える今年、新しい政府が発足し、解決のためたくさんの約束をした。その約束(公約)がきちんと守られ、歴史のマイノリティーへの解寃も直ちに行われるべきである。さらに、済州が韓半島、もう一歩進んで東アジア、全人類が普遍的価値である人権と平和を広げる震源地になってほしい。